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札幌高等裁判所 昭和32年(ラ)60号 決定

抗告人 北海道信用保証協会 代表者理事 田中時次郎

主文

原決定を取り消す。

本件競落はこれを許さない。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。

職権をもつて案ずるに、鑑定人高村伝作成の昭和三十二年八月十一日附評価書の記載によれば、本件競売物件は温泉旅館の建物であるが、同鑑定人は建物が腐朽していること及び温泉旅館に浴客が来ない等の理由で同物件は建物としては無価値であつて薪炭材として算出するとして、本件競売物件たる(一)河東郡鹿追村然別国有林七十二林班家屋番号奥瓜幕区五十二番木造柾葺平屋建店舗一棟建坪十七坪五合を価格金千七百五十円、(二)同村然別湖畔帯広然別線終点道路敷地家屋番号奥瓜幕区四十八番木造柾葺平屋建店舗一棟建坪十坪を価格金千円、(三)同村然別国有林七十二林班家屋番号奥瓜幕区五十一番木造柾葺平屋建店舗一棟建坪二十一坪を価格金二千百円、(四)同然別湖畔国有林七十一林班家屋番号奥瓜幕区五十番木造柾葺二階建店舗一棟建坪九十三坪七合五勺二階坪六十七坪二合五勺を価額金一万六千百円とそれぞれ評価していることが認められる。ところで、十勝支庁長奥山孝外一名作成の昭和三十二年十月三日附然別湖山田温泉についての意見書と題する書面、河東郡鹿追村長石塚長蔵作成の昭和三十二年十月二日附然別湖山田温泉についての意見と題する書面、同じく十月二十三日附証明書によれば、昭和三十二年度固定資産評価額は、右(一)の建物につき金二万二千二百円、(二)の建物につき金七万八千六百円、(三)の建物につき金一万七千百円、(四)の建物につき金二十七万三千七百円であり、右建物はいずれも薪炭材に過ぎない無価値なものではなく、それぞれ建物として相当の価値を有するものと認められる。しからば、右建物を不動産としてではなく、薪炭材としてなした右鑑定人の前記評価は民事訴訟法第六百五十五条にいう不動産の評価と認めるわけにはいかないから前記評価額をもつて最低競売価額とすることは許されず、右評価額をもつて最低競売価額として表示した本件競売期日の公告は民事訴訟法第六百五十八条第六所定の適法な最低競売価額の記載がなかつたことに帰するものといわねばならない。

そうとすれば本件競落は民事訴訟法第六百七十四条第二項、第六百七十二条第四に該当するから許されないところである。

よつて、抗告理由についての判断を省略し、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 臼居直道 裁判官 渡辺一雄 裁判官 安久津武人)

抗告の趣旨および理由

原決定を取消し、更に相当の決定を求める。

一、抗告人は自己の債権回収を目的として、昭和三十二年六月抵当権実行の為に本件競売物件に付競売の申立を為したる処同月廿五日競売手続きが開始決定され第一回競売期日が同年九月九日午前十時と指定され担保建物四棟総坪数二〇九坪五合に対する競売最低価格金二〇、九五〇円(坪当り一〇〇円の割)なる旨を知つた。茲に於て抗告人は前記鑑定評価が極度に低廉に過ぎ、この儘競売が執行された場合は債権者として非常に不利益であり且債務者山田角太殿からも亦同様の申出ありたる為一応競売期日の変更を申請して共に有利なる解決策を構ずるべく九月五日競売期日変更の申請を前記裁判所宛為した。ところが競売は期日に執行され、第三者によつて競落されたので直ちに抗告人は該裁判所に対し、競売実施に対する異議の申立を為したる処、裁判官の職権行使によつて執行された以上異議の申立は認められぬとして却下された。該物件の所在場所は山間の避地とは云え、大雪山国立公園の一環として景勝類無き然別湖畔並にその附近に存在し温泉を有する等誠に恵まれた観光地として近時とみに世人の注目を浴びつつありバス通路完成も間近い現在荒廃したりと雖も一応建物の形態を成す以上旅館としての経済価値並に将来価値を考慮に入れて競売価格を算出すべきものと思料される。然るに前記競売価格は薪材にも足らざる無価値に等しい価格をもつて鑑定評価せられたることは諒解し得ざる不当に低廉なる事を理由として本抗告をなす。

二、競売価格が「常軌を逸脱した程低廉なる」為第一回競売期日の変更申請を為し理由不明の儘競売執行されるや取扱裁判所と協議の上異議の申立を致しました処却下されやむを得ず即時抗告を致しました経緯に就きましては既提出抗告状記載の通りでありますが更に競売価格が不当に低廉なる事の証左として左の事実を挙げる事が出来ます。即ち競落人黒沢留次郎氏は「保証協会が二〇万円や三〇万円の金で妥協を申込んでも相手にはしない該物件を一〇年間保有すれば一千万円になる」と放言し祝盃を挙げて居る現状であります。抵当権の本質上債権者は当該物件の競売申立行為に依り債権回収策を構じもし競売価格が債権額に比し物件の価値上当然とは言え極めて低額の場合には競売執行前により効果的回収策の樹立を試みようとする事は至極当然でありこれが競売期日変更申請の一因を成して居る事は一般的通例であります。特に本件の場合は物件そのものの固有価値は勿論経済価値、将来価値等の一切を没却した鑑定評価の儘競売価格の決定を見ました事は前記競落人の放言と共に「不当に低廉」と断ぜざるを得ません。当協会が競売期日の延期を申請致しました本意は前述の如き単なる債権者としての債権回収策の好転を目論んだものではありません。中小企業者に対する金融の円滑を図り以てその健全なる発展を助長する事を目的として「信用保証協会法」に基き設立され業務を遂行して居ります当協会の公共的性格上競売価格が不当に低廉なる場合には当然債務者の立場をも考慮する必要があります。即ち当協会が釧路地方裁判所帯広支部に提出した同庁昭和三十二年(ケ)第三十九号不動産競売事件に係る第一回競売期日変更の申請は公共的立場に於て為されたる極めて適正妥当なる措置であります。然るに競売は執行されました。執行の理由は単に係員の期日変更事務の誤謬に過ぎません、この事は職権を以て是正し得る事は法の規定するところであります。然し当協会はその誤まりを責めようとせず該裁判所の提言に従い異議の申立という是正措置を構じましたがその後前記提言を覆えし意外にも却下されました。債権、債務の両者にも徳義を必要とし法も亦道徳の範疇を超越する事は断じて許し難きものと言うべきであります。

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